2009年08月30日

開かれた政治という名の陰謀

「政権選択」とされる衆院選挙の投開票日を迎えました。そこで一石を投じてみたいと思います。誤解のないように断っておきますが、特定の政党・被選挙者について誹謗中傷も擁護もしません。また、判断基準を伴わず漫然と「利権構造」や「政治腐敗」などに触れることが如何に無責任で危険か十分に理解しておりますし、そもそも挙げだせばキリがないので逐一言及するつもりはありません。

また、米国の選挙人制度や大統領選の集計の改竄・・・とか、今回の衆院選について、投票率低下を狙った云々・・・とか、「友愛」を掲げるおぼっちゃんがフリーメーソンと云々・・・とか、申し上げるものでもありません。もっと根っこの部分に焦点をあてて、開かれた政治という名の陰謀について述べたいと思います。

 【インターネットと衆愚政治】

インターネットの爆発的普及も手伝い、以前に比べより多くの人が(様々な扇動にさらされながらも)マスコミの偏向報道に惑わされることなく、政治を考えることができるようになってきました。これは大変よろこばしいことですが、問題もあります。現況にそくしていえば、国策捜査や官僚政治への批判、新型インフルエンザとワクチンの大仕掛け、芸能人の麻薬関連の一連の放送などなどの「子供騙し・めくらまし」の裏で、政治腐敗や利権争いに起因する駆け引きが行われていることに目を光らせる人が以前にもまして多くなってきたのですが・・・

哀しむべきは、「子供騙し・めくらまし」であってもそれが実際的課題であるはずが、(多くの政治ブログなどでは) 問題の本質からはずれ、自分の利害から離れたところで批判をしたり自己の利益のために擁護するという主義主張が目に余る程になっているということです。どんなに中立であろうとしても、政治というテーマを論じる場合には、必ずそういった落とし穴(チェリーピッキング)に嵌ってしまうものです。

ネット上である特定の有権者が影響力をもち、民意に反映されるようなことがあればこれもまた衆愚政治の域を脱してはいません。より多くの判断材料をもっても政治に変革をもたらす民意にはなりえないのです。これではやはり現状と大差ありませんし、現在の政治腐敗や利権構造に対する批判そのものの価値を奪い合うことは避けられず、政治は停滞したままです。

 【自分本位な主張の乱立】

広く様々な情報を共通し、問題意識を醸成することは大前提ですが、具体的解決策を講じるためには、共有の理念やビジョンを明確にせねばなりません。その時々によって理想に近いと思しき特定の政党や政治家に投票してゆけば、果たして「開かれた政治」は利害の対立を可能な限り取り除き、国民の享受できる権利と国家・社会の便益を最大化してくれるだろうか?

各党のマニフェストや政治家のプロフィールを吟味してはいますが、そうすること自体にあまり意味がないと私は思っています。清き一票を投じる価値のある政党や政治家がいるかと問われれば、わたしは、「一長一短で、皆無だ」と答えるようにしています。

たとえ政権政党がかわろうが、せいぜい(!)弱者と強者が入れ替わるだけのこと(利権構造が変わるだけのこと)であって本質はなにも変わらないと思っているのです。政治腐敗、利権構造の温床は突き詰めていけば「人間の弱さや欲望」と「政治制度そのもの」にあると思うからです。

日本国内に生活基盤を置いておられるのであれば、賛同に値する政治家もそれなりにみつかるでしょうが、自分の生活を第一に考え、それを基に選んでいるにすぎません。どこぞやの政党の標語はそれを全肯定するものであるわけです。それを否定するわけではない。社会生活を送っていれば、何らかの形で特定の政策を支持して当然であると思う。思想の自由が約束されているからこそ各人の政治的優先順位も異なるのだから。

しかしながら、政治腐敗や利権構造がうまれるのは政治腐敗をもたらすものを恒久的に排除するメカニズムを国民自身が持っていないからであり、従って、「開かれた政治」においても利害の対立は最適に調整されず、社会全体の便益は最大化できなくなってしまう。

山積する社会の問題と向き合うとき、選挙権の行使により、あなたやあなたの家族・友人が、多数派に属するか否かで、処遇が大きく異なってしまうのはあたりまえのことなのです。これを心苦しいと思わずにいられるのか。明日のよりよい生活のために、他者を犠牲にしてよいのか?これは単なる道義的命題にすぎませんが、人間と社会、社会と政治が切り離して考えることができないように、人間と道議的責任もまた切っても切れないものであるはずだと私は思っています。

そもそも、ウェストミンスター型の民主主義では多数決の原則が大前提です。51vs.49では、51に軍配があがります。実際の政治はもっと複雑で、世代間会計、労働条件などをはじめ、対立軸は人の数だけあるといってもよいのですが、こんな不条理がリーズナブルなものとしてまかり通っているのですから嘆かわしいことです。

政党政治に凝り固まった国会という場で問題解決が図れるわけがありません。また、政界の再編によって解決できるのは、所詮ごく限られた一部の問題でしかありません。社会主義や共産主義のような富の分配方式が良いなどといっているのでは決してありませんが、ウェストミンスター型の民主主義ではいかなる対立軸においても不平等と非効率が必ずうまれてしまうということです。これが「開かれた政治」というものなのです。

 【国民主権という欺瞞】

では、問題の本質はどこにあるのか・・・私は、以下の2点に集約できると思っています。1. 選挙権 2.皇室の機能不全

日本においては、有権者に等しく与えられた選挙権の行使のみが国民主権の担保であることを忘れてはなりませんが、投票日を除いて、政治が国民のものであったことはありません。その利害の狭間で辛うじて恩恵を受けきただけです。

投票することによって、穴だらけの政治制度に権利の全てを付託し、腐敗を黙認してきたのです。いまや権利とは名ばかりで暗に、腐敗の責任は不特定多数で匿名の国民にあるというわけです。江戸末期から断続的な危機回避を対外政治の上に余儀なくされてきたのですから無理もないことかもしれません。

開国の前後から陰謀という響きに相応しい[資本]が流入し、ギブアンドテイクで大名を手はじめに今日に至るまで実に多くの「政治家」を飼いならしてゆきました。しかし、たとえば大日本憲法下では選挙権も今より制限されていたし、天皇の位置づけも明確で責任の所在がはっきりしており、今のようなひどい状態ではありませんでした。

敗戦後、今日において、善良な市民の大半が仕えるのは「企業」です。「政治家」「官僚」「報道」などに取り入ろうとする利益誘導者・税金泥棒・圧力団体が跋扈しても国益の最大化によって恩恵はうけてきました。

しかし同時に、八紘一宇の国民性につけいられ「代理戦争」の様相を呈するほど、ゲーム理論でいうところの非協力の解が生まれ、そのしわ寄せが弱者に押し付けられているのです。また陰謀という響きに相応しい[資本]は増殖しつづけてきたのです。

乱暴な言い方ですが、現在の国家の仕組みそのものが日本という国にはそぐわないのではないか、そう言い換えることもできると思います。少なくとも政治腐敗をもたらすものを恒久的に排除するメカニズムを仮にもっていたにせよ十分に機能しているとは到底いえず、この欠陥だらけの仕組みによって生まれる利権が政治家を養っている限り、腐敗の温床はなくならず、また、国家の枠組みをいたずらにかえるなどといった飛躍した論理が(さらなる利権のために)まかり通ることになってしまうのです。

君民共治の秀逸さが認められることのないまま日本における天皇制の本来の価値が形骸化している以上、日本近代化の遺物を踏襲したり、あるいは敗戦以後、押し付けられ続けた名ばかりの民主制度にありがたみなどないと思っています。私は、日本が日本でいられる以上、良しとしなければならないと思っていますが・・・。

代議士は最も社会に奉仕することが出来るという栄誉を享受できるのだから、代議士になった瞬間から死ぬまで給食つきの団地に家族で住み、全資産を凍結して国庫にいれ、そこから年金を得てくらし、くたばったら遺族には生活補助をだしてやれば良い。国民生活の最低水準を基準にすればすべて丸く収まる。職務上で便宜をはかったら国賊として禁固刑に処す。そんなことをしたら、優秀な人材が確保できないというのであれば、そんな国は滅びたほうがマシだ。大戦中の将校の給与が、「やまとなでしこでない娼婦」の給与と比較して数分の1程度であったというのだから、日本の近現代に悲観的な見解をもつ代議士は率先して実現に向け弛まぬ努力を重ねてもらいたいものだ。
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投票率の低下を「怠慢や無責任・無関心」などという人がいるが、私は「有権者である以上、その権利を付託する価値のあるところにしかいれたくない」といい続けてきた。怠慢や無関心などではなく静かな抵抗である(笑)

日本は聖徳太子の時代から和の精神による合意形成を良としてきた。非現実的な大和復古を唱えているのではない。要は、多種多様の利害関係者のあいだで合意形成を可能とするオランダ型民主主義のように日本の合意形成にあった政治制度について、理解を深めていく必要性がある。可能性としていえばだが、縄文期にみられる原始民主主義のような政治形態をとることも決して難しくはなくなってきているのだから。

posted by 精神の貴族 at 05:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 【時事・ニュース】裏読み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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